「駅前風景」

 明治になって全国にわたって鉄道が敷かれるようになると、大きい駅の前に旅館を建てるふうがおこった。小さい駅で、客の乗降の少ないところではせいぜい茶店ができる程度であり、近くに大きな町があっても駅が田圃や畑の中にできた場合には、あまりりっぱでない旅館ができた。そういう旅館は汽車を待つ時間をひと休みしたり、夜下車しても土地に不案内なために行き場に困って泊ったり、また行商などしている者が常宿にしたりするものが多かった。そういう宿はたいてい宿泊料が安く、気軽に泊られた。そして戦前には相宿をさせられることも多くて、木賃宿とかわらないものが少なくなかった。私はそういう宿は相客がとても面白かった。いろいろの話を聞くことができたからである。[宮本 1979=2001:181]

宮本常一『空からの民俗学』(岩波現代文庫、2001年)