リテイク

 帰宅した息子が腹を立てている。学校の先生の勘違いでえらい目にあったと怒っている。ひと通り話しても怒りが収まらないようなので、連絡帳に真実の訴えをしたためてやると約束した。

 とはいえ事の次第が伝わるように書くには、それなりの事情を含みこませねばなるまい。そこでまず、思案の上で次のように書いてみた。

 一昨日のことです。夏休みの絵画の宿題の参加賞でいただいたクリアファイルの端が、気づかないうちに破損していたと息子が嘆いていました。
 昨日、その破片が教室で見つかり、先生が「心当たりの者は名乗り出なさい」と呼びかけられたと息子から聞きました。息子は、破損した自分のクリアファイルの一部であろうと思って名乗り出たところ、いただきものを粗末に扱って壊したかどで叱られて戸惑ったようです。また、その場でそのやりとりを目にした級友たちから、「お前が犯人か」とはやし立てられ、大変傷ついたようです。
 ファイル自体は息子が粗末な扱いをした結果、気づかないうちにちぎれてしまったのかもしれません。しかし、決して悪意があったわけでも、悪ふざけの結果でもないようです。何かしらフォローしていただけると幸いです。

 事情を知らぬ人でも状況と事の次第がよくわかる、我ながらいい文章が書けたと思ったのだが、一読した息子は「俺の言ったことだけ書いてくれたらいいんだよ! 何でパソコンで書いてんだよ!」とご不満そう。仕方ないので文意を損ねない程度にギリギリまで文章を削ってみたのが、次の文章である。

 昨日、夏休みの絵画の宿題の参加賞のクリアファイルの破片が教室で見つかり、先生が呼びかけられ、息子は、破損した自分のクリアファイルの一部であろうと思って名乗り出たようですが、息子自身も一昨日の帰宅時に気づいて驚いていました旨、ご報告いたします。

 三分の一程度まで僕も妥協して縮めたのだが、息子は納得しない。「こんなことを書かれるくらいなら、やっぱり何も書いてくれなくていい」などと言い出す。だんだん面倒くさくなり、本人ももういいと言っているのだから、いったんはやめようかと思ったが、理不尽な思いが消えるわけではないだろうからと思い直し、最初に息子が言っていたように書いた。

 魚のクリアファイルは気づいた時には破れていたそうです。

 三度(みたび)プリントアウトして息子に見せると「これ! これ! これでいい! これ書いて!」とようやくオーケーが出た。なるほど、当事者同士のあいだに添えるならこの一文で必要十分な気がする。息子は息子で情報の過不足をシビアに判断しているのだなと感心したので、ブログのネタにしてやった。