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「『エパテ・ル・ブルジョア』」

読書

 経済学者のケインズが言った有名な言葉がある。

「今のことしか知らないのと、過去のことしか知らないのと、どちらが人間を保守的にするかわからない。」(『自由放任主義の終焉』筆者訳)
 ここで「わからない」というのが、反語的な使い方なのはいうまでもない。ケインズは、「今のことしか知らない」、すなわち、過去を知らないのが、人を「保守的」にするというのである。もちろん、「今のことしか知らない」のは、若い人には限らない。いい大人でも本を読まなければ「今のことしか知らない」。だが、若い人は、本を読んできた年月が必然的に少ないがゆえに、「今のことしか知らない」確率が高く、それゆえ必然的に、「保守的」である確率が高い。
 どういう風に「保守的」なのか?
 過激な言葉で人を驚かすのが「新しい」と思っていること自体が「保守的」なのである。実際、周囲の人間とマスメディアとわずかばかりの文学しか知らず、しかも「新しさ」が価値をもつ風潮に育ったらどうなるか。ふだん布で覆われている人体の部分を連呼したりするだけで、「新しい」と思い込んでも不思議はない。そのような思い込みから解放されるには、少しは過去を知らなくてはならないのである。[水村 2009: 25]

水村美苗『日本語で書くということ』(2009年、筑摩書房)

「エパテ・ル・ブルジョア」とは、「俗物のド肝を抜く」の意であるとのこと。