維新のマニフェスト実行率90%とはどういう意味か

1 「マニフェスト実行率90%」と言われると何かすごい気がしてしまうが……

 大阪維新の会が前回の大阪市長選挙で提示したマニフェストの実行率は90%だという。街頭演説ではそのようにアピールしているが、そのマニフェストとは一体何を指しているのか街頭演説では触れられないのでよくわからない。

 橋下:それから改革。役所の改革とか、こういうことについては、大阪市の改革プラン。これをきちっと作りましたから、4年間で、金額ベースで実行率は90%以上、90%以上実現してるんです。ところが、新聞やテレビは、残りの、実現していない部分だけを取り上げて、橋下改革失敗した失敗したっていうんですが、僕の大阪市政改革っていうのは全国の市長、 誰もがやったことのないような、そんな改革に手をつけた。そんな改革プランのうち、90%以上は実現しています。これ、中身についてはまあ、いろいろ言いたいですけどね、中身語っていったらね、皆さん今日帰れなくなっちゃうから、はしょりますけど、90%以上実現しています。[0:59:04]それから、なんといっても大阪維新の会マニフェスト、知事と僕が4 年前に出したマニフェストも、公約ですよ。これも90%以上実現をしております。(2015年10月17日、JR平野駅、維新街頭演説より)

  大阪市の改革プランについても90%以上実現したとのことだが、その内容と照らし合わせて紹介されるわけではないので、信じるか信じないかは発言者が信用に足る人物かどうかを聞いた人の方で判断するしかない。

 しかし、マニフェストというのは90%実現できるようなものなのだろうか。そもそもどんなマニフェストだったのだろうか。維新候補者たちが言っている前回の市長選挙の時のマニフェストというのは、大阪維新の会のウェブサイトの政策コーナーに置かれている以下のpdfファイルだと思われる。

http://oneosaka.jp/policy/policydetail/pdf/manifest01.pdf 

2 維新のマニフェストには何が書いてあったのか

 このマニフェストの表紙をめくると次の4項目について、概略が述べてある。

  1. 大阪の統治機構を変える「大阪都構想
  2. 公務員制度を変える職員基本条例
  3. 教育の仕組みを変える教育基本条例 
  4. エネルギー供給体制を変える関電株主権行使 

 このうち1番の「大阪都構想」はもちろん実現していないし、4番についても何か目覚ましい成果を上げていたような記憶がない。この時点で50%は実現できていないように思えるのだが、この4つに関して具体的な施策が均等に配分されているわけではないのかもしれない。2番と3番が「職員基本条例」と「教育基本条例」の2つに代表されているのなら、この2点については「実現した」と言えるかもしれない。

 さらにページをめくり、目次を見ると、「マニフェスト総論」の後に、「マニフェスト各論」として「政策編」「統治機構・府市統合本部編」「統治機構・基礎自治編」の3章が設けられている。「政策編」は「改革編」と「市民サービス編」に分かれており、「改革編」は「公務員改革」と「教育改革」の2項目、「市民サービス編」は「子育て支援」「教育」「保健医療」「福祉」「住民生活」「防災対策、エネルギー」「計画施設についての対応」の7項目からなる。

3 なぜこのマニフェストが必要なのかわからない

 全体の構成は実際の目次を見ていただくとして、「マニフェスト各論」は「政策編」「統治機構・府市統合本部編」「統治機構・基礎自治編」の3つに分類されている。これらの分類基準は何なのだろうか?特に最初が「政策編」というのがよくわからない。「統治機構・府市統合本部編」「統治機構・基礎自治編」というのは政策ではないのだろうか。

 すでに述べたように「政策編」の肝が「職員基本条例」と「教育基本条例」にあるのなら、この部分は制度的には実現したと言えるかもしれない。その他にも街頭演説でアピールしている部分では、「市長の報酬及び退職金」「職員数の削減」などは実施していると言えるだろうし、「天下りの根絶」「外郭団体の全廃」なども、「根絶」「全廃」できているかどうかはともかく、削減したことが数字としては示されていた。

 しかし、それ以外の部分をどう評価していいのかわからない。例えば「経営形態の変更」として、「地下鉄、バス」「水道」「下水道」などの民営化・合理化について触れられている。これらがどこまで実現されているのかの検証は個人の力量には余るのだが、実際の検証以前の問題として、そもそもこれらがなぜマニフェストに盛り込まれているのかがわからない。

4 「各論」が「総論」に対応していない

 冒頭の4項目はもちろん「マニフェスト総論」の中にも、この「経営形態の変更」が必要である根拠や理由が全く示されていない。この4年弱の市政においてこれらの項目に取り組んでいたとしても、何をもって成果を上げたのかが判断できないので、評価することができない。

 「統治機構・府市統合本部編」「統治機構・基礎自治編」は「大阪都構想」と関わる部分なのだろうが、そもそも「大阪都構想」がなぜ必要で、どのような目標をもって、その目標をどのように達成していくのかがこのマニフェストではわからない。「統治機構・府市統合本部編」の冒頭には、「大阪都が実現するまでの間、府市統合本部を設置して、府市一体となって以下の政策を行います」とあるが、これらの政策が必要である根拠や理由はやはり「マニフェスト総論」の中に示されていない。目的や根拠が示されていなければ、これらは思いつきのアイデアを羅列しただけのものに過ぎない。すなわち、実現したのかどうかを確かめる基準が最初から存在しない。

5 単なる努力目標も少なくない

 「10年間で◯◯します」「2020年までに◯◯します」という、そもそも今の時点では検証の対象外のものも含まれているし、「めざします」という最初から実現度を設定していないものや、「整備します」「形成します」「育成します」「つくります」といったスローガンにすぎないものがいくつも並んでいる。このような書き方だと、アリバイ的に着手していれば、成功の見込みを考えずとも「実現した/実現に向かっている」とみなすこともできるだろう。

 街頭演説でアピールしている「大阪市信用保証協会と大阪府信用保証協会の統合」のような事例も含まれているが、これが必要である根拠や理由はマニフェストには示されていないので、仮に実現していたとしてもそれが妥当な施策だったのか、賞賛すべきことなのかどうかは別の話であり、ただ「やった」という事実があるだけだ。

6 単なる思いつきを羅列しただけ?

 「統治機構・基礎自治編」は、前2章が7〜8ページというそれなりの分量で書かれているの対して、わずか1ページしかない。そしてここも、そもそもなぜこういった取り組みが必要であるのかよくわからない。区長公選制による特別自治区、地域協議会によって運営される地域自治区、小学校区ベースの地域街づくり協議会の設置構想が述べられているが、「市内を8〜9のブロック化した区長公選制による特別自治区」が実現していない以上、全体の整合性が取れない。たとえ部分部分が作り変えられていたとしても、その取り組みの中核的な課題が実現されていなければ「目標は達成されなかった」と評価されるべき場合もありうる。

7 「実行率90%」の実体は「自己満足度90%」

 この維新のマニフェストはどのようなビジョンの下で、何をどう実現するために作られたものなのかがわからない。したがって、思いつきレベルの「何となく良さそう」なこと、有権者にウケそうなこと、単に自分たちがやってしまいたい(変えてしまいたい)ことが羅列された覚え書き以上の意味はない。

 市長選挙の際にこのマニフェストに目を通したという市民がどれだけいるだろうか。2011年の大阪市長選挙の際に大阪維新の会が掲げていたのは「大阪都構想の実現」であり、橋下さんに投票した人々は「大阪都構想の実現」なり、「何か変えてくれそうだ」という期待感で判断したはずである。もちろん、有権者にはマニフェストに目を通して判断する責任があるだろう。しかし、そもそもこのマニフェストは彼らが自己評価しようとした場合でも、実現度を測る物差しが存在しない。「実行率90%」というのは、自己評価の結果というよりは、彼らの自己満足の度合いといった方がいいだろう。

 マニフェストを掲げて選挙をする場合、その前提として、選挙の争点が明確である必要があるのではないだろうか。具体的な争点について、考えられうる選択肢を提示する場合に限ってマニフェストは意味がある。有権者が読み込んだところで評価できる範囲を逸脱したものをマニフェストと呼んで押し売りするような選挙はやめにした方がいい。