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2016年4月3日(日)「お昼前」

日記

 今日は午後から花見の予定があったので、午前中に子どもたちをキューズモールに連れて行った。行きたがったのは娘の方だが、ポケモンのゲームがやれるとなれば息子も嫌というはずはない。

 しかし、13時から友だちと遊ぶ約束で頭がいっぱいの息子は「俺、◯◯の家に遊びに行くから」「何時に帰る?」と言う。息子だけ残していくわけにはいかないので、「お昼前には帰る」と答えると、「お昼前って何?意味わからん」と言って食いさがる。イラっとして「13時から遊びに行くならお昼前に帰ってきたら間に合うやろ!」と怒鳴ってしまった。

 車を発車してしばらくしたら「もしかしたらこいつは本当に『お昼前』の意味がわからないのか」と気づいた。「お昼前っていうのは12時になるまでにっていうこと。12時までが午前、12時からが午後。『お昼前に』『午前中に』と言ったら12時前にっていう意味だよ」と解説すると納得している風だった。

 小学生になって高学年の影響も受けるのか、ふざけて生意気な口をきくことも増えてきて、ふざけて言っているのか本当にわからなくて言っているのか見極めを誤ってしまう。余裕がないばっかりにそういうことになる。

『兎の眼』

読書
 赤いヒヨコも青いヒヨコもなき声は同じだった。自然のままの黄色いヒヨコも同じ声でなくだろう。声まで染められない。そう思うと毛を染められたヒヨコのなき声は精いっぱいの抵抗のように思われた。(205)

大阪城公園に屋根は要らない

社会

大阪城公園で雨宿りする場所

 大阪城公園には雨宿りできる場所らしい場所がほとんどない。

 JR森ノ宮駅で下車して横断歩道を渡ると、公園の入り口から噴水のある広場まで水路に沿った舗道がある。噴水の背後には市民の森と名付けられた緑地が広がっている。花見シーズンには毎年バーベキュー客でにぎわう。

 大阪城公園で雨宿りのできる数少ない場所がこの市民の森にあるトイレに併設された東屋だ。この東屋が閉鎖されようとしている。

 東屋には水場も設けられているから、公園に憩いに訪れた人びとがよく利用している。通り雨があればここに逃げ込むこともできるし、日差しを避けて一休みするベンチやテーブルもある。

 閉鎖の理由として公園事務所は、そばに新しいトイレが開設されること、老朽化、怪我をした市民がいたことなどをあげている。来年度には取り壊しが決まっているという。

 この東屋は夜になるとホームレスの人たちの寝床になる。冬の夜の寒さは変わらないが、屋根があるだけで助かる。トイレや水道、明かりもある。朝早くから夕方まで空き缶集めで街中を走り回って疲れた身体を休め、ほっと一息つける場所だ。

 公園事務所の職員は2月も半ばを過ぎてから「3月1日に閉鎖が決まった」として、2月22日にはその「お知らせ」の貼り紙をすると伝えにきた。ただし、取り壊しが来年度のいつ頃になるかまでは決まっていない。

 だいぶくたびれた建物だが、取り壊す目処も立たないうちに閉鎖しなければならない理由があるだろうか。取り壊すにもお金がかかるし、閉鎖するならトイレの部分だけでも良いのではないか。代わりのトイレができるといっても、東屋の代わりが作られる予定はない。

公園事務所の職員とのやりとり

 今日(2月19日)の夕方、公園事務所の職員が現地のホームレスの人たちに「聴聞」に訪れた。大阪城公園を中心としてふだんから夜回りや相談活動を行なっている僕たちもその場に同席させてもらった。

 「3月1日に閉鎖という決定は動かせない」というので、その決定は誰がどこで決めているのかと訊くと「組織で決まった」という。組織とは具体的にどこの部署なのか尋ねると「大阪市だ」としか答えない。どんな質問をしても「組織で決めている」「大阪市で決まった」と繰り返す。

 2015年4月から公園事務所は大阪城公園の管理の第一線から退き、新設されたパークセンターに業務を引き渡したという(パークマネージメント事業)。しかし、こうした時に説明の窓口になるのは相変わらず公園事務所で、公園施設の新設や撤去について決定しているのは「大阪市だ」というから、わけがわからない。

 「東屋がなくなると不便に感じる市民も少なくないはずだ」と問いかけると、「それは今東屋があるからそう感じるのであって、なければそもそもそんなふうには思われない」などと答えるのでびっくりした。

 何を聞いても意味不明なやりとりではぐらかされるばかりで、「みなさんの意見はお聞きしたので、こういう意見があることは上にあげます」と言って、回答の確約もないまま「聴聞」は切り上げられた。

大阪城公園に屋根は要らない

 「公園は憩いの場であって、住む場所ではない」というと正論のように聞こえる。しかし、ちょっと考えて欲しい。公園には「憩えない人」がいてはいけないのだろうか。朗らかな顔でくつろいでいないと迷惑がられる公園というのは憩いの場としてはもう一つのように僕には思われる。

 公園にホームレスがいることは不都合なこととして語られる。しかし、ホームレスでも安心して一息つける公園というのは、実はもっとも居心地のいい公園かもしれない。

 誰かがSOSを発信している時、見えないところに閉じこもっていては誰も気付けない。しかし、ホームレスを締め出す公園では逃げ場所にすらならないかもしれない。

 僕だってホームレスの人たちの生活と関わりがなければ東屋一つにここまで食い下がりはしない。大阪城公園には屋根は要らないというなら、それも一つの考え方だろう。しかし、責任の所在を問われて、「組織で決まった」「組織とは大阪市のことだ」と答える役人の姿は、いずれ他人事とは思えない。

「『エパテ・ル・ブルジョア』」

読書

 経済学者のケインズが言った有名な言葉がある。

「今のことしか知らないのと、過去のことしか知らないのと、どちらが人間を保守的にするかわからない。」(『自由放任主義の終焉』筆者訳)
 ここで「わからない」というのが、反語的な使い方なのはいうまでもない。ケインズは、「今のことしか知らない」、すなわち、過去を知らないのが、人を「保守的」にするというのである。もちろん、「今のことしか知らない」のは、若い人には限らない。いい大人でも本を読まなければ「今のことしか知らない」。だが、若い人は、本を読んできた年月が必然的に少ないがゆえに、「今のことしか知らない」確率が高く、それゆえ必然的に、「保守的」である確率が高い。
 どういう風に「保守的」なのか?
 過激な言葉で人を驚かすのが「新しい」と思っていること自体が「保守的」なのである。実際、周囲の人間とマスメディアとわずかばかりの文学しか知らず、しかも「新しさ」が価値をもつ風潮に育ったらどうなるか。ふだん布で覆われている人体の部分を連呼したりするだけで、「新しい」と思い込んでも不思議はない。そのような思い込みから解放されるには、少しは過去を知らなくてはならないのである。[水村 2009: 25]

水村美苗『日本語で書くということ』(2009年、筑摩書房)

「エパテ・ル・ブルジョア」とは、「俗物のド肝を抜く」の意であるとのこと。

小島希世子『ホームレス農園』河出書房新社、2014年

読書

 「働きたくても仕事のないホームレスと、働き手がいなくて困っている農業をつなげば、どちらも助かるんじゃないか」。誰でも考えるようなことで、僕も考えたことがある。しかし、実際にやってみるとなかなか上手くいかないらしいことを、たまに見聞きする情報から感じ取る。ところが、この本を書いた小島さんはこの難業をどうやらうまいことやっているらしい。何かでこの本のタイトルを目にして、以前ラジオフォーラムにゲストで出ていた人かなと思ったらやはりそうだった。

 実際読んでみて思ったのは、やはり「働きたくても仕事のないホームレスと、働き手がいなくて困っている農業をつなげば、どちらも助かるんじゃないか」というのは、理にかなっているようであまりに浅い考えなんだなということだった。小島さんは起業家としての才能と農業への情熱を兼ね備えた人なのだと思う。その小島さんをしてどうにか「ホームレスやニートの就農体験」が軌道に乗り、実際就農に結びついた事例が生まれかけているといったところだ。

 小島さんの取り組みは大したものだし、この取り組みによって救われた人たちもたくさんいるのだと思うけど、ついていけなかった人たちも数多いのだと思う。ついていけなかった人がいることを問題としたいわけではない。僕が思ったのは、「働きたくても仕事のないホームレスと、働き手がいなくて困っている農業をつなげば、どちらも助かるんじゃないか」というには、現実はあまりに課題が多いということだった。ホームレス支援のモデルの一つとして就農に活路を見出すのは厳しい。そもそもそういう問題じゃないんだなとようやく気付いた。

維新政治の不祥事について

 維新が鳴り物入りで実施した政策は様々な不祥事を頻発させながら、なかなか改善されることもありません。また、大阪維新の会日本維新の会維新の党、おおさか維新の会や橋下さん本人など、数多くの不祥事を起こしてきました。

 ここでは、これらをまとめた記事を紹介していきます。

satoshi-fujii.com

ameblo.jp

橋下の嘘・2015年11月現在

中学校給食について

 市長選挙の際に公約に掲げた手前、デリバリーランチ方式で強引に導入した結果として「美味しくない」と評判が悪く、かなりの頻度での異物混入問題を起こしている中学校給食。

 何か問題が起きても絶対に失敗を認めない橋下市長は「美味しくない給食を7割の生徒が残している」というアンケート結果について、事実と異なるアピールをしています。

 橋下市長は「少しでも残したことのある生徒が7割いたということだけ」と言っていますが、実際には「半分ぐらい食べている」「少し食べている」「ほとんど食べていない」という人が7割もいるのです。

 「この選挙が終われば自民党共産党の言いなりになる!」

 動画のリンクを貼り、日本共産党大阪市議団幹事長・山中智子さんが「この選挙が終われば自民党共産党の言いなりになる!」と動画の中で発言しているかのような誘導を行なっています。

 山中さんは「住民投票自民党は市民と共に歩み、共に考えることを学んだ」「自民党共産党の間で対話する関係ができた」といった主旨のことを述べているまでで、市民のことを第一に話し合う信頼関係が築けたと表明しているのが実際です。

 それをデマを飛ばして貶めようとする橋下さんには話し合いに参加する資質が欠けているように思われます。 

 

matome.naver.jp

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